舛添問題と都民の責任

 

舛添東京都知事が、今日も批判を受けています。もろもろの疑惑が発覚して以来、連日のトップニュース。まあ、内容を見れば批判されて当然です。多くの人が気づいているように、テキトーにやり過ごして都知事の座に居座ろうというのが見え見えですからね。「第三者の厳しい目」というのは言葉のあやで、「第三者」という言葉に騙されてはいけません。本人の周囲から推薦された弁護士が、厳格に調査するはずがない。しかも、タダで調査するわけはないので、恐らく調査料だって払っているはず。その調査料も政治活動の経費に計上されるのでしょうか? もし、そうならもはやコントですが、一体、どうなるんでしょう???(苦笑)

ちなみに日弁連では「第三者委員会」についてガイドラインを設けていて、第三者委員会の要件として委員は原則3名以上と明記されています。舛添都知事が依頼した第三者はただの第三者であって、少なくとも日弁連が規定する第三者委員会ではありません。本当に自らの身の潔白を証明したいのなら第三者委員会を設置して、徹底的に調査するべきでしたが、それをやったら不正が露呈してしまうためにできなかったというのが真相でしょう。だから、舛添都知事と会見に出席した第三者はグルと断定していい。第三者の1人であるヤメ検弁護士の会見での対応も、素人の記者たちにはわからんだろうとタカをくくって、見下した回答をしていたように思います。

 

舛添都知事の批判はいくらでもメディアが展開しているので置いといて、私が疑問に思うのは都民が堂々と批判していることです。選んだのは我々都民なんですよ! 選挙では議員としての資質、ひいては人としての資質をじっくり見定めた上で投票するべきものです。確かに選挙前はこうした疑惑が出ていなかったけど、それを差し引いても議員・人としての資質を見抜けずに都知事にしてしまった我々にも責任があるはずです。

もっと言ったら政治資金規正法の問題もそうです。あの法律は法案が出されたときから、ずっと「ザル法」と言われていました。しかし、そのザル法があっさり国会で成立してしまった。その原因も法案に賛成した国会議員を各選挙区で選出した我々国民にあるはずです。批判は結構、舛添都知事を始め、これまでに問題になってきた政治家のほとんどが批判されて当然の事案でした。しかし、その政治家たちを私たちが選んだということも忘れてはいけません。よく任命責任というけど、政治家を選んだ任命責任は私たちにあるということをお忘れなく! 舛添問題に限らず、こうした政治絡みの問題を見ていると、自分たちの責任を棚に上げて批判する風潮に強い違和感がありますね。

 

その国の政治家を見れば、その国の国民の質がわかります。なぜなら国民が選んだ自分たちの代表者だからです。途上国の政治家を見て笑う人は多いと思いますが、日本の政治家も結構お笑いレベルだということを認識するべきだと思います。海外の人が舛添都知事の問題を知ったらどう思うか、考えただけでもゾッとしますね。。。

 

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